同性愛者は“フツウの人”になりたいのか
〇〇知恵袋で見かけた回答なんですけどね、
兄からカミングアウトされて戸惑う妹に
お兄さんだって、自分はまさかゲイになろうとして生まれたわけではないし、普通でありたいと思っていると思います。
っていう回答があったんですよ。
普通でありたいって異性愛者の方がよかったって意味なんですかね。
お兄さんは残念ながら普通じゃないけど、それは彼が望んだことじゃないから受け入れてあげてって?
これは同性愛者に対する偏見としてありがちだと思うんですけど、同性愛者は普通じゃない可哀想な存在じゃないですよ。
言うまでも無く、普通か普通じゃないかは、マジョリティかマイノリティかで決まることではないですし。
私は同性愛者ですけど、異性愛者に生まれたかったとは思ってないです。
同性愛者に対する偏見とか差別とかが世の中にあるので、同性愛者でいることが大変な場面はありますが、それは私が同性愛者に生まれたことが悪いのではなく、社会が未熟なせいなので。
異性愛者と同じように、同性愛者である私にも今まで出会った人や育んだ愛や幸せがあって、マイノリティという立場から見える景色があって、だからこそ今の自分があると思っているし、そこにプライドを持っています。
もしかしたら世の中には異性愛者に生まれたかったっていう同性愛者もいるかもしれないですけど、それは有色人種に対する差別があるから白人に生まれた方が楽だったって感じと似てるんですかね。
同性愛者を自認する皆さん、
異性愛者に生まれたかったですか?
余談ですが、ドラマ「スーパーガール」で主人公の姉Alexが
自分が同性愛者であることを受け入れた後、
It is my new normal and I’m happy that it isbecause I finally get me.I realized that it’s about me living my life.
っていうシーンがあって、良いなって思いました。
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